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自棄じゃけん。

自棄酒マンのブログ。
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松田町 寄
寄木村は戸数二百八十 一村挙りて親属のごとく村長をば親父と呼び吉凶相訪ひ患難相済ひ訴訟なく盗賊なくはた租に不納なくさながら太古の民のごとし村長安東氏はまた村民を視ること我が子のごとく村の利益を視ること我が家の利益よりも篤く名主と呼びし時より今日に至るまで四十餘年一日のごとく上下相忘るゝありさまは眞に自治の村とぞいうべき
(井上毅 『梧陰存稿』より)

 その位置だけをとれば、今なおまごうことなき牘地瓩任△襦しかし、新松田駅との間に路線バスが平日往復計34本も通じている。この地区の人々にとって自家用車以外でまちに出る手段は路線バスしかないのだから、これくらいの本数のバスが出ていて当たり前なのかもしれない。しかし今は当たり前が当たり前にならない世の中である。バスの来なくなってしまった山里が多数存在する中でこれは快挙であろう。昭和9年には寄村が新松田との間に村営自動車を運行させたというから、この路線の歴史は古い。
 書き忘れた。「寄」と書いて、公式には爐笋匹蠅瓩汎匹燹しかし、富士急湘南バスの車内テープでは爐笋匹蠅瓩肇▲淵Ε鵐垢気譟△気蕕砲廊爐笋匹蹐瓩箸い人もいる(峠向こうの秦野市ではみなそう呼んでいた)。
 これだけ交通の便のいい寄であるが、今回私が訪ねたのは生涯で2回目である。前回はもう30年前、秦野市立西小学校4年の秋の遠足で秦野市三廻部から中山峠を越えて寄に下って以来のことだ。松田町との間に車道が通じる前は、こちらのルートこそが爐泙銑瓩惱个詬0譴亮蠱覆世辰燭修Δ澄
 今も約800世帯、2500人が暮らす寄地区、酒屋も2軒ある。今回はここを訪ねてみることにしよう。

 新松田駅を発車したバスはやがて国道246に合流、しばらく小田急線や川音川と並行するように走り、寄入口交差点、「松田ランド」バス停のところで左折して寄への山道を登っていく。
 松田ランドについては過去に何度か触れたことがある。今は、もう爛薀鵐畢瓩量民討魄笋垢發里浪燭發覆ぁが、平成に入ってからも「松田ランド第二食堂」が存在し(明細地図社の住宅地図で確認)、昭和55年頃までは隣接してサボテン園があったようだ(現在跡地にはマンションが)。第ニ食堂の建物は閉業後もしばらく廃墟として残っていたように記憶している(今は空き地)。ちなみに「第ニ」があるのだから「第一食堂」もあったに違いないが、昭和52年時点での住宅地図にはもう掲載されていない。
 なんでこんな昔話を長々と書いたかというと、ここの食堂を利用した著名人の記録が残っているから。
 武田百合子『富士日記』はいまさら説明するまでもない名作である。富士の麓での別荘生活が活写されているのはもちろんだが、東京の自宅から別荘までの移動ルート、それに武田夫妻(時に花さんも)途中昼食をとった場所なども詳述されていて非常に興味深い。で、昭和四十一年七月十四日に「松田の食堂」でかにコロッケ定食を食べたことが記されたのを初出として、その後十二月六日、二十六日、翌四十二年一月二十二日の日記には「松田ランド」とはっきり名前が出てくる。この後三月二十九日には「松田」とのみ、五月二十八日には「松田の食堂」と記されているが、いずれも武田夫妻はかにコロッケ定食を食しているので、すべて松田ランドの食堂であろう(この間東京への帰路にも利用しているようだ)。ちなみに五月二十八日の日記には「かにコロッケは少し小さくなった」と記されており、そのためかはわからぬが六月六日の食事では泰淳氏がハヤシライス、百合子氏はチキンライスを注文している。そしてこれ以降松田での食事は記録されず、「いつもやすむ松田の食堂より手前に新しく出来た「大箱根」というドライブイン」を利用するようなった。松田の手前ということだからおそらく秦野市内にあったドライブインだと思うのだが、昭和50年に秦野市民になった私には記憶がない。
 ということで、今は何もない松田ランドにも文学史跡的価値があるということである。本件については以前より書く機会を窺っていたのだが本日前を通ったので、ついでに書かせていただいた。

 バスは湯の沢団地を抜けると山道に。道幅は広く、対向車との行き違いで困ることもないので軽快に登って行く。
 人家のまったくないところを4kmほど登り、いったん道が下りに転じたあたり、左手に突然集落が現れる。こういうシチュエーション、いつ体験してもいいものだ。
 再び道は登りになり、すぐに右手に兵藤酒店があった。ここのチェックは後回し。そのままバスに乗り続ける。集落の中を1kmほど走り、終点寄に到着。すぐ目の前を、中津川が流れる。この水が、もう半端じゃなく澄んでいて嬉しい。三方を山に囲まれながらも停留所付近の視界は明るく開けていて、思わず深呼吸したくなる。

 もっとも、こんな看板も掲げられていたりするが。

 中津川にかかる大寺橋では、猫2匹が日向ぼっこ中。

 うち1匹は、橋のど真ん中に居座っているわけだが、

 これがもう度胸が据わっているというか、私が近づいても知らんぷりを決め込んでいるばかりか、車がすぐ近くまで接近しても(たまにしか通らないが)我関せず。何度もクラクションを鳴らされてようやくのそのそと歩く始末である。見ているこちらがハラハラする。
 大館酒店は、寄バス停のすぐ近くにあった。

 店内に商品はほとんど置かれていないようで、どうやらほぼ自販機販売のみの営業形態のようだ。ちなみに自販機で売られていたカップ酒は「白雪 レッドカップ」。なお、店舗右手に「ソフトクリーム」のお品書きが書かれたスタンドがある。夏のキャンプシーズンなどには営業しているのかもしれない。

 ここからは、さっきバスで登ってきた県道を歩いて下る。

 郷社、寄神社。奥に見えるのが社殿。手前の門(?)には舞台らしきものが設えられているから、かつてここで神楽や芝居などが演じられたのだろうか。

 少林山福昌寺の山門。寄地区で最も古い木造建築だそうな。

 さっき通り過ぎた兵藤酒店の前にやってきた。

 看板には「富久娘」と新潟の「白龍」の銘が。先週中井町の酒屋について「珍しく『白龍』の看板を掲げている」と書いたばかりなのに、また見つけてしまったよ・・・。
 自販機では、「富久娘」カップを売っていた。今日は天気もいいし、おむすびも持ってきてるし、中津川の河原に降りて一杯やるといたしましょうか。
 そうそう、今年も「ヒートパック燗」(ここ参照)の世話になる季節がやってまいりました。リュックの中にはちゃんとヒートパックを忍ばせてきた・・・しまった、サーモマグ持ってくるの忘れてもうた。でもまあ、ひーとパックを買うと付いてくる加熱袋があるので、今回はとりあえずこれで。
 ということで、初冬の景色を愛でながら、天むすを肴にフクムスを頂きました(飲み食いに夢中だったため、画像無)。

―12月2日 訪問―
| 酒屋奥地紀行 | 16:13 | comments(6) | |
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すみません、ちょっとミスりました。アドレスをクリックすると当該ページに飛びます。
| 自棄酒マン | 2006/12/25 5:17 PM |
以前相央暇人さんから情報</a>いただいていたので(<a href="http://hpcgi1.nifty.com/cupsakemania/wifky.pl?p=%A3%B5%B7%EE%A4%CE%BC%AB%B4%FE%BC%F2%A5%DE%A5%F3" target="_blank">5月26日の投稿</a>)、「松美酉」カップのことは存じ上げておりました。しかしヤオマサに置いてあるとは知りませんでした(大井松田ということは、255沿いのお店ですよね? あそこも何回か訪ねたことあったのに気付きませんでした)。
| 自棄酒マン | 2006/12/25 5:14 PM |
「やどりき」とは関係ありませんが、中澤酒造の松美酉(まつみどり)がカップ酒を出しましたよ。
「本醸造」「吟醸辛口「純米酒」の三本揃い踏みです。
平塚には出回ってますか? 大井松田のヤオマサでは見かけますが。
| KOBA | 2006/12/25 3:51 PM |
訂正 1行目は”すまん”ではなく”すいません”
ちゃんと見直したつもりだったのに...

呼び方についてですが、そういう観点で考えたことが有りませんでした。
大変参考になりました。
| てつ | 2006/12/05 11:42 PM |
地元でもヤドロギと呼ぶ人は多いそうですし、たしか地図上で沢かなにかにもヤドロギの名は残っているはずですから、意識的に修正されることなく古くから公称と俗称が並存していたのだと思います。
ただ、これは一般論ですが、自分の少年時代の体験などから考えると、主に山間部の地名などに対して差別的な意図とまではいわないまでも、からかいの表現として本来の読み方と異なる呼び方をしたりしていました。そういうことを考えれば、できるだけ公式の呼び方を遵守したほうがよいのかもしれません。
| | 2006/12/05 7:57 AM |
つまらないレスですまん。
俺の本家近辺でも”やどろぎ”って言います。
(平塚の豊田、岡崎近辺です)
つい最近正式には”やどりき”だって聞いたときには大変ショックを受けました。
生まれてから約40年も”やどろぎ”だと思っていたわけですから。
他にもそういう人たちがいるって分かってうれしかったです。
酒の話は、また今度。
| てつ | 2006/12/04 11:45 PM |